
高麗と朝鮮を結ぶ、羅州歴史紀行
4ヶ所 · 5~6時間
甄萱(キョン・フォン)は羅州地域を中心に後百済を建国し、高麗太祖・王建は羅州の浣紗泉(ワンサチョン)でのちの荘和王后と縁を結んだ。羅州は高麗成宗の時代に羅州牧となって以来、「千年牧使の町」と呼ばれる地域である。全州と羅州の地名から一字ずつ取って「全羅道」と名付けたことからもわかるように、羅州は千年の歴史をそのまま今に伝える歴史の町といえる。
- 所要時間
- 5~6時間
- 距離
- 31.8km
コースの流れ
- 1
羅州郷校
나주향교
羅州牧は全州府に次ぐ湖南第二の邑であったため、郷校の規模も大きかった。その規模が今日まで受け継がれている。羅州郷校には明倫堂、大成殿、東廡・西廡、東斎・西斎、内神門、外神門、校直舎、忠孝館、宝典閣、下馬碑などがある。

- 2羅州牧使内衙
나주목사내아
羅州牧使内衙は朝鮮時代の羅州牧使の官邸で、上流住宅の母屋と同じ平面構造をしている。母屋は純祖25年(1825年)に建立されたもので、建物の構造は伝統様式であるコの字型の韓屋である。

- 3
雲興寺(羅州雲興寺)
운흥사(나주 운흥사)
雲興寺は徳龍山の麓にあった古刹である。1775年に鄭文が記した「真如門四重創記」によれば、唐の僖宗年間(846~887)、道詵国師がこの地の地勢の良さを見て興徳から訪れ、道成庵で最初の講会を開いて基礎を築いた後、新羅孝恭王年間(897~911)にここ熊岾に熊峙寺を創建したという。 続きを読む閉じる

- 4仏会寺(羅州仏会寺石長丞)
불회사(나주 불회사석장승)
仏会寺の石長丞(村の守り神の石像)は、寺の入口から300m地点の小道の左右に2基ある。長丞の正面には「唐周」という文字が刻まれているが、「唐」「周」の字は「道」と同じ意味で使われたものとみられる。

出典:韓国観光公社(TourAPI)· 機械翻訳